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メルマガ担当より
プロジェクトをご担当された株式会社山下PMCの高木 啓司 様からコメントを頂きました。
Question:
丹波山村新庁舎建設事業では、庁舎建設に関わる業務に加え、村の未来像や地域資源活用の検討、
さらに古民家再生や小学校跡地活用まで含めた“複層的な支援構造”が組まれていたことが印象的です。 「見たことのない村役場」を実現するためには、ハード(施設整備)とソフト(村のビジョンづくり)を同時並行で進めることが不可欠だったと思いますが、こうした二本の柱をどのように連動させ、村の価値観や地域の営みをプロジェクトへ落とし込んでいったのでしょうか。 特に、目標の実現に向けてCMRとして重要視したこと、マネジメント上の工夫があれば具体的にお聞かせください。
Answer:
丹波山村では現在、次のステージとして地域包括運営組織の組成段階に入ったところです。
プロジェクトの始まりは、村役場の新築についての依頼です。人口500人の丹波山村にとって文字通り生活がかかったプロジェクトであり、責任の重さに身がすくみ、受嘱を決断するまで3カ月ほど逡巡しました。
村の暮らしや、村民の想いなどは、私の想像と隔絶したところにあり、それらを理解するプロセスは文化人類学的フィールワークそのものでした。
地域コミュニティとのあいだにラポール(互いに信頼し相手を受け入れている状態)を確立し、観察と参与によってコミュニティへの関わりを深めていきます。
ある時、黒澤明の「七人の侍」になったと感じたことがありました。最後の方で「勝ったのは百姓たちで私たちではない」というセリフがありますが、村民が勝利者となることが究極の目標です。もちろん自分たちが全滅してはダメなのですが。
このようなプロジェクトは、仕事とプライベートの区別がない全人格的な姿勢で向き合うことになるわけで、ワークとライフを分離して考える今日の流れとは相容れないかもしれません。
ですがそうでなければ遂行できないミッションがあり、生き残りを模索している多くの地方から求められているのだと思っています。
このプロジェクトを通して、建設やCMが単に施設をつくる行為ではなく、地域の営みや人の想いに深く関わる仕事であることを改めて感じました。
今回のお話も、メルマガ読者の皆様にとって新しい気づきになるのではないでしょうか。
高木様、ありがとうございました!
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