第5回学生エッセイコンテスト講評

総評

学生エッセイコンテストも今年で5回目となります。今回は「もしあの時マネジメントを知っていたら・・・」をテーマに、「気づきをエッセイで綴ろう!」として学生生活での身近なマネジメントに関わるエッセイを募集しました。

今年は応募数が大幅に増加し、特に全国の建設専攻以外の学生からも多くの応募がありました。アルバイト・サークル活動・学術研究等に纏わる学生ならではの経験・体験を題材に、建設やCMに拘らない独自のマネジメント観が展開された印象的なエッセイが数多くありました。また、マネジメント観では複数の学生から「役割の明確化」「仕組みづくりの大切さ」「人が動きやすい環境づくり」等の共通の概念が挙げられ、最近の動向を把握することもできました。

日本CM協会は建設プロジェクトのマネジメントを対象としていますが、学生にとって今回のコンテストが、将来の各々のキャリアにおける様々なマネジメントを考える一助となれば幸甚です。公表される最優秀賞・優秀賞以外にも力作が多く、私自身が新たな「気づき」を得られ、審査委員会でも白熱の議論が交わされる審査となりました。

応募いただいた学生の皆様、本当にありがとうございました。

審査委員長:日本CM協会会長 吉田敏明

受賞者

第5回学生エッセイコンテスト 応募エッセイ

ゴマモンガラは微笑まない

琉球大学 人文社会学部 国際法政学科 3年次 戸成 一翔

沖縄の某大学のダイビング部、部員二〇名。我々、最大の晴れ舞台は、文化祭での「手作り水族館」だ。沖縄の海で自ら獲った魚を展示する、情熱と刺激が詰まったプロジェクトである。私たちの青春は常にハイリスク・ハイリターンだった。あの「水槽崩壊事件」は、今にして思えば苦くて笑える、そして命がけの教訓である。

事件の遠因は、まさに「マネジメント不在の捕獲大作戦」にあった。展示の目玉を調達するため、部員たちは興奮と勢いだけで海に飛び出した。「たくさん獲れば、立派な水族館になる!」。余りに無計画なスローガンを掲げたのだ。誰がどの魚種を何匹獲るかという「計画」は皆無。結果、乱獲されたのは熱帯魚たちに加え、地元の漁師が「海のギャング」と呼ぶ獰猛な魚、ゴマモンガラだった。

文化祭前夜。皆で魚を水槽に入れ、最高の展示が出来上がったと満足していた。しかし深夜、事件は起こった。突然、メイン水槽から不穏な音が響き渡り、ゴマモンガラが、鮮やかな熱帯魚たちを次々と捕食し始めたのだ。水槽内は地獄絵図と化し、ゴマモンガラが満足げに悠然と泳いでいるように見えた。(幻覚かもしれないが)。

部員たちはパニックに陥り、素手で水槽に飛び込もうとし、噛みつかれそうになるという笑えないコントを繰り広げた。私たちは、情熱は溢れていたが、それを「安全な成果」に導くシステム管理の知恵が致命的に欠落していたのだ。

もしあの時、マネジメントの知識があれば、この悲劇は防げた。「リスク管理」として、魚種ごとの生態と混泳の可否を調べた計画表を作成し、共有できたはずだ。また、「組織化」として「水槽担当責任者」と「水質・給餌管理チェックリスト」を設け、問題魚種と熱帯魚を別々の水槽に隔離・管理できたはずだ。

翌年、私たちはこの失敗を教訓に「水槽経営革命」を断行した。漁の前に目標魚種と数を決定し、捕獲担当者の署名を義務付けた。水質は毎日チェックし、異常があれば即座に報告するようにした。結果、水族館は過去最高の来場者数を記録し、大成功を収めた。

マネジメントとは、やる気を無駄な「熱狂」で終わらせず、人を救い、魚を救い、最高の成果を生む「知恵」だ。あの時、私たちはノリと勢いのままに暴走した若者だったが、今、マネジメントを知り、青春のエネルギーを確かな価値に変えることができる最強のチームとなったのだ。

熱意を仕組みに変える、真のチームマネジメント

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 修士2年 飯澤 実咲

ありとあらゆる情報があふれる現代。表面的な情報を得ること自体は非常に容易な時代である。「マネジメント」と検索するだけでその定義からスキル、手法まで膨大な情報を得ることができる。一方、得た情報の正誤を見極め、行動に移して成果を生み出すことは、全く別の次元の難しさを伴う。私はそのことを、ある経験を通して痛感した。

先日、短期間でプロダクト開発を行うハッカソンに参加した。メンバーは10名で、エンジニア7人、デザイナー2人、そして私はプランナー兼PMの任を担った。「メンバーの士気を高め、一丸となって優勝を目指すチーム」を目標に課題に臨んだ。就職活動を通じてガントチャートなどのプロジェクト管理ツールを知っていた私は、それらを活用しチームの力を最大限に引き出そうと考えていた。意識的に動機づけの声掛けを行い、「リーダーの熱意に触発され、思わず勝ちたいと思った」という言葉をもらうほどだった。

しかし終盤に差し掛かると、進捗に問題が生じた。メンバーの熱意があるだけに、各人が思い付きのままに行動してしまい、工程に重複や抜けが発生した。工程が予定通りに進まないだけでなく、意思疎通が図れず、協働ではなく個人作業に陥っていた。そのため一旦全員の作業を停止し、改めて意識をまとめるために時間を割くことになった。仕切り直したことで無事期間内に課題を完成させることはできたが、残念ながら優勝は逃してしまった。

限られた時間と人員の中で成果を出すには、リーダーシップだけでなく、的確なマネジメントが不可欠だと痛感した。もしあの時マネジメントを理解していれば、個々の力を最大限成果に結びつけ、リスクを先読みしながらチームを導く仕組みをつくれたはずである。

この経験を通じて、「人を動かす力」 と 「仕組みで支える力」の両立が重要であると感じた。リーダーシップは、人の心を動かし意志を生み出す力である。一方、マネジメントはコントロールではなく、メンバーが最大限力を発揮できるように環境や流れを整える、チームを前に進めるための構造づくりである。人の心を動かすリーダーシップがあっても、チームを最適に機能させるマネジメントが欠けていれば、成果は上がらない。リーダーシップとマネジメント、2つの力がバランスよく機能してこそ、チームは本当の意味で前に進むのだと思う。これからは、人の心を動かす力と、仕組みで支える力の両方を磨いていきたい。

「あの問い」が教えてくれた、マネジメントの本質

神戸大学大学院 工学研究科 建築学専攻 修士1年 市来 祐多

「正直、先輩が何をしたいのか分からない」

卒業設計の締切1週間前、1年生の問いに私は戸惑いを隠せなかった。毎月の定例会で進捗状況の共有を行い、役割分担も明確にしてきたのに。彼はいつから疑問を持っていたのだろう。その瞬間、私が行っていたのは「マネジメント」ではなく、「管理」だったのだと痛感した。「管理」が効率的なプロセス遂行を目指すのに対し、「マネジメント」は組織の目的を共有し、一人ひとりの能力を引き出して結束力を高めることだ。どちらも組織を束ねる行為だが、その質には決定的な違いがある。もしあの時、私がマネジメントを知っていたら、メンバーの能力を最大限に活かし、成果も向上させられただろう。

なぜ彼はそんな疑問を持っていたのか。振り返れば、原因は明らかだった。私が個々の技術力や想いを把握しないまま、一方的に役割分担したことにある。「指示する側」として振舞うことに必死で、彼らを「対等な協力者」として見られていなかった。接点の少ない1年生にはスキルを尋ねることすら怠り、作業の意味も伝えていなかった。任された側は面白みも感じられないまま、作業に取り組んでいたのだろう。いや、もしかすると最初の定例会からずっと、そうだったのかもしれない。私が行っていたのは、効率を求めた「管理」であり、人を活かす「マネジメント」ではなかった。

役割分担の前に、一人ひとりに問うべきだった。「今までどのような作品を作ってきたの?」「模型作りと着彩はどっちが得意?」と。そうすれば1年生の得意分野に気づけたはずだ。1年生だから技術がないと決めつけるにはあまりに愚かだった。さらに私には、作業の「意味」を伝える責任があった。「吹き抜けが模型最大の見せ場」 「この点景が空間の魅力をより一層伝える」など伝えていれば、単なる作業ではなく、「作品に貢献している」実感を持って取り組めたのではないだろうか。

マネジメントを知るとは、一人ひとりの技術と情熱を理解し、「自分の強みを活かせる」場を作り、束ねることだ。あの1年生の問いが、私にこの本質と大切さを教えてくれた。私が目指す CMr は建設プロジェクトで多様な関係者を束ねる役割だ。あの日の痛みを胸に刻み、人を活かすマネジメントを学び続けたい。それが未来の建物や街の創造に貢献する私の出発点になる。

計画的マネジメント×即興的マネジメント

芝浦工業大学大学院 理工学研究科 建築学専攻 修士1年 内山 尚嗣

マネジメントには2種類あるのかもしれない。大学院の授業を通して、マネジメントは目標達成に向けて“計画的”に物事を進めるための技術だと感じた。しかし、アルバイトでの経験を振り返ってみると、マネジメントを“即興的”に行っていたことに気づいた。

私がアパレルブランドの販売員として働いた2年半は、まさに即興的マネジメントの連続だった。お客様のご要望やご予算、滞在可能時間を把握し、その場で最適な提案を行う。さらに、素材や管理方法などの注意点を事前に伝えることで、購入後の満足度を高める工夫もしていた。限られた時間と情報の中で最善の判断を重ねるこの経験は、お客様のお買い物をマネジメントしていたのだと今では思う。しかし、当時はマネジメントをしているという意識はなかった。もし計画的マネジメントを学んでいたなら、お客様に更なる価値を提供できたかもしれない。例えば、所属店舗のコミュニケーションアプリを通じて事前にお客様のご要望を伺い、ご来店日時を決めていれば、事前にご紹介する商品の検討やその商品を用いたコーディネートを準備することができた。もちろん、ご来店時にお客様の表情や言動から即興的に対応することも必要である。しかし、即興のみに頼らず、計画的マネジメントと組み合わせることができていれば、商品の付加価値とお客様の満足度をより高められたはずだ。そしてそれらはリピート率の向上や所属店舗の売り上げ目標達成に直結していただろう。

また、企業インターンでは発注者の立場で建設プロジェクトをマネジメントする経験をさせていただいた。品質・コスト・工程のバランスを取りながら、関係者と協働して進める過程では、緻密な計画性と全体を俯瞰する視点が重要だと感じた。一方で、想定外の変更や意見の食い違いが生じる場面では、その都度、関係者の意図を汲み取りながら調整する必要も感じた。

これらの経験を総じて、マネジメントを知ること、学ぶこと、経験することは個人のパフォーマンスを向上させ、組織の目標達成につながると考える。即興的マネジメントはより実践経験が必要となるのかもしれないが、即興も準備・計画があるからこそ活きるものだと思う。だからこそ、私はこれからもこの2種類のマネジメントを意識して学び、実践したい。そして、個人、お客様、組織の目標達成に向けて身に付けたマネジメント能力を遺憾なく発揮していきたい。

人の奥行を読む~グローバリズムと分断の狭間で~

芝浦工業大学大学院 理工学研究科 建築学専攻 修士1年 定松 恵斗

フィンランドでの留学中、とにかくグループワークが多く、たとえ専門が同じでも国籍や教育背景が異なるメンバーが集まるので、初回の議論から意見がまったくまとまらなかった。加えて、専門分野が異なる学生との横断的なコラボレーションも多かったため、苦労と楽しさが交差する環境の中に身を置いていた。文化や政治、宗教に対する考え方も違うため、あたりまえが通じない場面も幾度となくあり、発言にもかなり気を使っていた。当時の私は、その摩擦を意思疎通の難しさだと捉えていた。しかし今振り返ると、あの混乱はまさにマネジメントの不在だったのかもしれない。背景や価値観の違いを理解せずに意見を主張しても、合意形成は生まれない。異なる国籍や環境のもとで育った人と関わるということは、その人の生き方の文脈を一つずつ紐解くことでもあった。

時には言葉にならない価値観の違いを受け止めることで、初めて相手との信頼関係が生まれる。

マネジメントとは一概に定義できるものではない。プロジェクトそのものや工程、コスト、契約など、ビジネスライクな領域にとどまらず、背景や文化、考え方、その「奥行」を理解することでもあるのかもしれない。

相手を知ろうとする姿勢の中にこそ、協働の土台がある。マネジメントの父・ドラッカーは「マネジメントとは人のことである」と残している。もし当時、その捉え方を理解していたら、もっと相手の思考を尊重し、個々の個性をチームの力に変える方向で動けたはずだと思う。

国際化は進んでいる。違いが明確になる分だけ摩擦が増え、対立も生む。時に無意味な争いまでも。でも、それらはすべて我々「人」が生み出している。だからこそ、理解しようとするのもまた人である。

私の思うマネジメントとは、摩擦をなくすことではなく、それを受け入れ、意味あるものへと変えていく力だと思う。違いを恐れず、その奥行を知ろうとする姿勢こそが、国際化の時代を生きる私たちに求められる「人の技術」、すなわちマネジメントの視点なのではないだろうか。

ただ、この態勢を己に刻み、机上の理解を実感値にするのは、時間も精神も削れるものである。しかし、若いうちに痛みを伴ってそれを覚えた私は、きっと強い。

この思いを、将来という不明確な未来 (=プロジェクト)に向けて絶やさないことも、自分への奥行を読むという点で、マネジメントの一部なのだろう。

おせち作りの裏に潜むマネジメント

金沢大学 人間社会学域 経済学類 3年 塩川 七菜子

おせち作りも、今年で3年目を迎える。私のアルバイト先である飲食店では、毎年元旦に合わせておせちを販売している。12月も後半になると店舗を閉め、おせち作りに一本化する。1、2年目の時は言われるがまま箱に料理を敷き詰めており、正直単純作業に飽き飽きしていた。私は単なる「大量調理」としか捉えていなかったのだ。

しかし3年目にして初めて、その「大量料理」の裏に潜む工夫の数々に気が付いた。

おせち作りは、その年のおせち作りが終わった瞬間から始まっている。お客様からの意見を参考に次のラインナップを決め、夏には宣材写真を撮る。秋にはお品書きやフィルムの裁断を行い、受注数をもとに一品ごとの必要量を割り出しておく。このように1年を通して、調理以外の必要な雑務を終わらせるのだ。

そして迎える12月下旬、ついに仕込みが本格化する。黒豆を煮、数の子を塩抜きするなど、保存のきくものから順に取り掛かる。調理長が仕上げた料理をグラム単位で量り取り、小さな容器に詰めていく。分量が少しでも狂えば一からやり直しという絶望が待っているため、常に緊張感が漂う。29、30、31日の最終三日間は人数やシフトを考慮し、全体の注文数を3で割り振って、数十種類の品を一気に箱に詰めていく。梱包、配送準備まで済ませてようやく、長い大晦日が幕を閉じる。

振り返ると、おせち作りには期限までに確実に仕上げるための工夫が凝縮されていた。もし1、2年目の時にその仕組みを知っていたら、作業の意味を理解し、効率を意識して動けただろう。私は今まで指示待ちばかりで、自ら考え動いていなかった。なぜ計量に細心の注意を払うのか、なぜ仕込みの順序が重要なのか。背景を理解していれば、ただの作業員ではなく、チームの一員としてもっと貢献できたはずだ。そして、もっとおせち作りを楽しめていたに違いない。

私にとっておせち作りは、今年で最後になってしまう。しかし、背景を知った次こそは、作業に込められた重みを理解して丁寧に取り組みたい。

一見、おせち作りとマネジメントは無関係のように思われる。だがその裏では計り知れない熱量が注がれ、大いに役立っていた。私はおせちという伝統料理を通して、その大切さを身をもって学んだ。

集団効力感という火薬

大分大学 理工学部 創生工学科 3年 中上 雅悠

学園祭のフィナーレを飾る花火。その火薬よりも先に、私たち運営組織が爆発した。「もう限界だよ」一副代表からのLINEは、本番3週間前の深夜に届いた。30人いるはずのチームは、実質4人で回っていた。

あの時マネジメントを知っていれば。

代表として直面した課題は三つ。ボランティアベース (無報酬)の組織で、年に一度しか成功体験がなく、毎年メンバーが入れ替わる。人が必要なのに、つなぎとめる方法がない。私は「自己効力感」という理論に飛びついた。「私にもできそう」と思えるタスクを細かく設計すれば、みんなが活躍できるはずだ、と。

結果は、惨敗だった。簡単なタスクでは達成感が薄く、難しいタスクでは達成できない。仕事のできる数人にタスクが集中し、残りは「どうせ私には無理」とシニカルになっていく。

30人全員と1on1して、ようやく見えた。問題は「私にできるか」ではない。「私たちにできるか」という感覚の欠如だ。心理学者バンデューラが提唱した「集団効力感」。組織全体で「私たちならできそう」と信じられる状態こそが必要だった。

方針を180度転換した。一人で別々の仕事をするのではなく、同じ課題に複数人で取り組む体制に変えた。例えば屋台配置。従来は担当者一人が何日もかけていたが、5人のチームで取り組むと驚くべきことが起きた。「導線確保の観点から、ここは広げるべきでは?」 「食品衛生上、生ものはこっち側に」 「去年のコンセントトラブル覚えてる?」 一一人では出なかった視点が次々に生まれ、3日かかっていた作業が3時間で終わった。

何より印象的だったのは、あるメンバーの言葉だ。「この5人となら、なんでもできそうな気がする」

本番当日。100発の花火が夜空を彩る中、30人が肩を並べて立っていた。「来年もやりたいね」 かつて「もう限界」と言っていた副代表が笑顔で言った。

集団効力感は世代交代にも強い。新しいメンバーが加わっても、「この組織なら成し遂げられる」という感覚が受け継がれていく。マネジメントは個人を管理することだと思われがちだが、私が学んだのは組織全体で効力感を持つことの力だった。自己効力感も重要だ。しかし、肩を組んで成功を喜び合える組織でありたい。何よりも、100発の花火を並んで見上げた私たちの背中が、それを物語っているかもしれない。